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大晦日!!

泣いても藁っても大晦日!!

もっと強くならなきゃ。
来年は良い年にしなきゃ。

12月、店内はクリスマスツリーを飾り店頭もイルミネーションで華やかにしたけど、売り上げはさっぱり。
「ユ○クロ栄えて国滅ぶ」と言う人がいたしこの御時世だからしょうがない。制作物の受注があるから何とかやってはいけてるが・・
頑張れど頑張れど貧乏暇ナシでエンドレスに繰り返される在庫の入れ替えと片付け・・・
古い物は捨てない限り片付かない。でも捨ててはいけないからただただ移動の繰り返し・・儲かっていれば苦にもならないのだが、もううんざりで気力体力限界だ。。。
しかしそんな私の苦労など両親はなぜ平気なんだろう。。
寝ずに頑張れば「無理するな、身体壊したら大変だよ!」と怒って心配するが、古い在庫と古い道具に苦戦してる私は可哀想じゃないのか??これこそが自分達がほったらかしっ放しで、私にやらせてる辛い仕事なのに。。。。。
だけど・・まあ、、!あとひと分張りだ!
古い在庫はバザーに出すと理由を作り①兄が引き受けてくれる事になったから、仕分けて、上に運んどけばいいのだ。
①兄に感謝だ。。。。。
でも両親の目もあり私自身も貧乏性で古くても大丈夫なものを見極めて片付けるのはやはり一仕事だ。
でも頑張らねば・・!

それにしても。。
前に書いた事だが、、
・以前、あちこちの隙間に父が溜め込んでた板切れや鉄くずを、捨てようとしたら怒られた。
それで仕方なく外階段にまとめて置いてたのだが・・・
やっと、モウ使わないと父も自覚したようで、「もう捨てていいさ、捨てなさいね」、と言われた。
でも、今頃、捨てなさいね、と簡単に言われても困るのだ・・。
だって、あれだけの木材や鉄くず、重たいもの。。運ぶのも大変なんです!!・・
それに粗大ゴミは出すのだってお金がかかる。
一昨年息子達に手伝わせてたあの頃なら、ひとまとめで幾らという料金設定だったからまだ捨てやすかったけど・・今年から厳しくなり粗大ゴミは数で計算されるので結構お高くつくのだ。
・・だから、今になって捨てなさいねと言われても、、お金は?!息子ももう手伝う時間ないのに、私一人で運ぶの?!と腹も立ち、(情けないが)、誰がやるもんかと知らん顔していた。。。
そしたら、、、なんと!
誰が置いたのだろう・・古い長いすや錆びた折りたたみの椅子が増えていた。。
誰かが人んちの階段に粗大ゴミを持ち込んだのだ。。。最悪。
・・そして結局、、あそこに板切れや鉄くずを置いてたから、さぼてんが悪いと父は言ったのだ。。。。。
 ・・・・そうだ、その通りだね。。私が悪いです。
片付けたつもりだったが階段に置いた私は馬鹿だった。
やっぱりあの時、反対する父を押し切っても捨てるべきだったのだ。
どうしても駄目なら、もう一緒にはやっていけないと私は出て行くべきだったのだ。
・・・
年寄りの我侭を説得出来ず、泣いて我慢し、結局馬鹿を見る私は、私がへぼいからだ。。。
私は強くならなくちゃいけない。。


家事に関してもそうだ。。母は痛い身体を嘆きながらも家事は頑張っている。
ただ出来ない事は私にやらせようと、うるさく指図して任せてはくれない。挙句に私のやり方は雑だと文句を言い出来なくなった自分の身体を嘆く。。。

そんなこんなの毎日・・・・・

私は何のために生まれてきたんだろうと、、私こそ、嘆きたくなる。。。
もっと言えば、両親の尻拭いをする為に私はいるの?と泣きたいのだ。
この数年はそんな思いがどんどんひどくなってきている。。最悪だ。
体力と共に気力もなくなってきて、夢や希望が持てなくなってきているからだ。。

私は片付けは嫌いな方ではなかった。
部屋はいつも片付けお洒落な部屋にするのが好きだったしタンスも一人で動かし模様替えもよくやっていた。
台所も、食後は直ぐサッサと片付けるのが身についていた。。

先日兄達と呑んだ時、
酔った②男が、「僕は兄姉みたいに両親に構ってもらった思い出がないんですよ~っ」と言い、
うちは子沢山だから、3番目からは働いて食べさせるだけで精一杯だったんだよね、という話しになった。。
そして②男は、「僕は構ってもらった記憶がないけど、さぼてんは・・・?」と私にふったので、
「私なんてほったらかしさ」と軽く答えた。
・・そうなのだ。。
私は子供の頃、学校から帰ると家には誰もいないのでいつも遅くまで外で遊んだり、両親の仕事場に行き店で遊んで待ってた。
雨降りは皆お母さんが傘を持って迎えに来るのに私はいつも濡れて走って帰ってた。
そんな寂しさがあったから、お茶を入れたりお茶碗を洗ったりするおりこうさんだった。
6年生の時、お尻が炎症ができ父が皮膚科に連れてってくれたが、2度目からは一人でバスに乗って通院していた。
でもバスに乗って遠い薄汚れた皮膚科に一人で通うのは辛くて、バスにのって病院の前まで行き、時間を潰して暗い気持ちで帰るようになった。。
中学の時、顎のせいで歯医者を転々とさせられた時恐くなって歯と顎の治療をほったらかし、今そのしっぺ返しを喰らってる。。
・・私がいつも何か不安で臆病で自分を大切に出来ないのはそんな子供の頃を引きずっているからかもしれない。
でも戦後必死に生きてきた両親を責めるつもりはない。そんなほったらかしに育った人は世の中ごまんといるのだ。
ただ、、自分の子供にはそんな思いはさせたくないという強い思いがある。子供の時の寂しさや不安や痛みは、身にしみて分かるから。
だから私は子育てに必死になり夢中にもなってるのだろう。
そんな私の事を母は、子供の為に頑張りすぎるとか自分達(両親)の事は何もやってくれないと不満を言う。


・・・私の生まれた理由、生きていく役目・・
それは、子供達と両親の為なんだろう・・と思ったりする。

私は太陽と向日葵が何よりも大切で愛しく自分の命よりも大切だ。
だから私の生きていく役目はこの子達の母親でいる事だ。
では、私がこの世に生まれた理由は・・
両親の面倒をみる為なのかもしれない。
末っ子で健康優良児に育ち、女のわりに力もあり、母そっくりな私は、
年取った両親の面倒をみるために生まれたのかもしれない。


だから私はもっと強くならなければいけない。

私が本当に必要で正しいと思うやり方は、老いた父と母に負けずにどんどんやらなければいけないのだ。
年寄りなのだ。
自分では出来ないのだから、私にやらせるなら私流に、任せてもらわねば。

両親の老いを受け入れ、一緒に暮らしていく為には親として威圧的であっても、自分ではやれない赤ちゃんと一緒だと思って、こちらも更に強気で、そして優しくしなければ。。。。。

頭では分かってるのです。。

でも、、
とにかく、今年も何とかぶじに終わる事が出来て、良かった。
辛いことも多かったけど良いことだっていっぱいあった。

そして来年も、もっと良い事がいっぱいありますように。。。。。。。。

頑張ります。

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さぼてんです。
子供は太陽と向日葵、そして愛。
子連れのデモドリで、仕事と家庭生活で毎日へとへとです。。
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